こんにちは。

今日1月17日で、

阪神・淡路大震災から28年経ちました。

はやいもので、地震の年に産まれた一部の方々は、親世代になっています。

他の震災や雪や雨の災害も起こり、

神戸の復興が風化されているのは確かですが、

阪神・淡路大震災での教訓が、

今の災害対策に役に立っていると言っても過言ではありません。

大震災から生かされた私たちは、忘れてはいけませんし、風化させてはいけません。

注意!!

震災で嫌な思いをされた方は、下文の赤字まで読むのを控え、スライドさください。

震災当日からの記憶

友人とのスキーから帰ってきて、連休明けだった早朝5時46分、

トラックかダンプカーが家に衝突したようなドーーーン!という響きから、

縦に揺れたと思ったら、

しばらく横へ揺れ続けたので、

あまりの怖さで動けず、

カセットテープが身体に落下してきているにもかかわらず、

地震が止まるまでベットで寝ていました。

止まった後、隣の部屋の母が気になり、

部屋を覗いてみると

タンスを支えて踏ん張っている母が居たので、

慌てて駆け寄りタンスが動かないことをゆーっくりと確認して逃れました。

その後、1階に降りてみると

スライド式の食器ダンスは無事でしたが、

観音開き式のタンスからは収納物が落ち、

花瓶などが床に落ちて水も散っていました。

幸い食器類がほとんどスライドドアで止まっていたので、

ガラスの破片は、ほとんどありませんでした。

今日は、連休明けだけど仕事は有給かな!?と容易に考えながら、

テレビをつけたら、緊急ニュースで神高速の深江から芦屋辺りの道路が倒れ、

それどころではないことを感じました。

とりあえず、靴を掃き外へ出ると

ガスの匂いが充満していました。

近隣の方も一人一人外へ出てきて、

一人の方がタバコを吸おうとした瞬間、

「こら!ガスが充満してるのがわからんのか!」

と怒号の声が聞こえて、

タバコを吸うのを止められましたが、

もし火をつけていたら、町内は爆発して・・・私は五体満足な状況ではなかったと思います。

次はライフラインです。

家に戻り、再度テレビを観ていると急に電気がプツンと切れ、

それから数日間、電気が付くことはありませんでした。

当然ガス臭も危なくて火気も使えず、

食物が無かったので、湊川のダイエーまで調達しようと出かけました。

友達に会い、「xxの家が潰れた。xxの家、燃えてる。」

走って行き、何か手伝えるかなと思いましたが、

潰れた家や火事では、力に少し自信があった私でも

何もできず、離れてジッと見ているしかありませんでした。

自分の無力さを感じました。

また、松本通の方角での火事の煙が狼煙のように見え、

空を赤く照らし、火の元が家まで来るのではないかとビビってました。

その後、ダイエーへ食料品を見に行っても何もなく、売り切れ状態。

食べるものもないのかと商店街を歩くと

塊のハムがなんと「五千円」で売られてました。

地震で世の中はこんなことになるのか!?と気落ちして帰宅し、

何かを食しました。(何を食べたか覚えていない)

次は水の調達です。

生活用水と飲料水が必要ですが、

トイレの水も止まっていたので、

お風呂の水を使って流していましたが、

すぐに無くなってきたので、

便はトイレに新聞紙を張ってくるんで、燃えるゴミ袋に入れてました。

数日後、近所の方が好意で井戸水を汲出してくれたのでバケツで数回往復し、お風呂に貯めました。

また、烏原水源地までバケツで汲みに行ったのも覚えてます。

飲料水は、いつ入手できるかわからないので、できるだけ我慢しました。

数時間後、冷静になって家を見ていくと

柱に大きなヒビ割れが・・・。ここに住むべきか避難所へ行くべきか・・・。

家が壊れた方が多くいるので、余震で柱の割れがアカンと思ったら、逃げようと決め、

しばらく怖々過ごすことになります。

しばらくしてガス臭が消えたので、

キャンプ道具のカセットコンロを使ってお湯を沸かしました。

温かいお茶を飲んで生きた心地を感じた覚えがあります。

1月で寒く、厚着により寒さを凌いで、

多い余震から再び地震が来た時に備えて、

靴とリュックを身近に置き、いつでも外へ出れるような服装で寝ていました。

当然、お風呂にも入れません。

その後、数週間後にライフラインが復旧していきますが、

原付で明石のスーパーまで買い物へ行ったこと、

お風呂に入らせてもらったこと、

何気ない生活がこんなに嬉しいことだと、

水、電気、ガスのライフラインの大切さを十二分に学んだ震災でした。

ここまでが震災での記憶です。

ここから通常ブログです。

実家は半壊で済みましたが、

前年に引っ越していなければ全壊でした。

引っ越していなければ・・・と思うと怖くなります。

嫌な事を思い出させたなら、すみません。

でも、あの日のことを忘れてはいけません。

今日はここまで。